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缶ビール

缶ビール会!あざっす!福岡■12/3土曜13-17第149回「缶ビール会」します。遅刻早退出入り自由。各自1000円分の飲食ツマミ持参。想像以上に頑張って驚きの能古島ツバキ化粧品通販ママ山本嬢、神戸大学ノエビア経て地場オンリーワン博多人力屋神谷さん、結婚者続出の恋愛コンサル純古さん、某有名大手とも契約探偵の岩河さん、敏腕コピーライターかつ福岡No. 1防犯機器二代目安永さん、暴力団対策他九大体育会の堀内弁護士、不動産4棟オーナーでバイク買取他OHG大賀さん、通販グッズ企画で年商10億弱20人抱えるコウダプ ...

2022年12/1博多で九州ゴム工業会エラソー講師

昨夜は博多駅で、真面目でお堅い「九州ゴム工業会」さんで15年ぶりのリピート講演。「面白くて役立ったので」by中島ゴム工業会長。ところが反応頷きがほぼない。講師にはツライ。全員マスクで表場見えないのもあるが。途中で大半は下請け的な中小メーカー。上から仕様書がきて見積もり合戦経て設計製造納入。自社ブランド商品ほぼ無い。営業だマーケティングだ顧客フォローとか関係ない。九州は8割がブリヂストン他タイヤ関連の下請け。「僕たちはそれ以外のニッチ2割で頑張ってます」他業界の事例や綺麗事の経営戦略戦術とか通用しない、、と ...

東京から失意のUターン

東京から失意のUターン。私の第二の人生はココから始まった。当時33歳無職独身。7社目の転職活動中、35万の中古プレリュードで糸島半島の素晴らしさを発見(福岡市生まれ育ちでしたが、高一で引っ越したので行ったことなかった)。家から30分でこんな透明な海岸(弊の浜)が!東京じゃありえん。ふと道沿いの今宿・牧のうどんに入る。美味い安い早い!おばちゃん元気がイイ!食っても無くならん!独身時代に毎週行き、元妻との最初のデートもココ。赤ん坊をカゴに入れて3人で毎週。4人になっても毎週。当時、実家絡みの借金1億抱えてたの ...

佐賀県七山村の温泉で職員研修

昨日は福岡・糸島半島隣の七山村にある佐賀県No. 1アルカリ性トロトロの「鳴神温泉ななの湯」でミニ研修講師。前日食った地元の「牧のうどん」と焼肉うどん「ウエスト」。前者は18店舗で後者は200店舗以上。「どっちが美味しい?」研修参加15名中13名が牧のうどんで圧倒的勝利。 ウエストの1/10以下の規模だが。「なぜ美味しい?」「手の前で製麺裁断して釜茹で出来たてだから」「その通り!ウエストはカト吉の冷凍麺。大量生産品で安いが、手作りめんどくさい出来たてには勝てない。さらに牧のうどんはスープに使う利尻昆布が稀 ...

奢りますw。過去最高益のラーメン一風堂

おー!売上も一気にコロナ前の290億を超えそうだ。そうか!海外店舗も多いんで円安効果も。しかし、商品作り〜運営までマニュアル化のチェーン展開うまく行くと、あとは店出すだけだ。ユニクロとかも商品しっかりしてるから、店長以下凄い人材も要らんし。究極は一蘭みたいに店舗で製造接客無しロボット人材でイイ。サイゼリヤも他のチェーン店も。でも商品は工場で大量生産販売店であっためるだけだから、小さな会社お店個人店が食材調理採れたて新鮮手作り出来たて熱々でやれば勝てる!家系ラーメン元祖の吉村家(横浜一店のみ)に行ったら70 ...

失敗忘備録

失敗忘備録。会報巻頭インタビューに寿司ざんまい、星野リゾート、コクヨの社長に石田純一も。税理士・社労士・行政書士+経営コンサル+保険他で550人(関与先3万社で業界ベストテンの規模)の巨大士業コンサル集団「ティグレ」東京支店の定例セミナーに登壇。知的エリート士業や常務幹部も目の前に4-5人いて、会場とzoom同時並行で目線反応にプチ戸惑って前半は不調。いつもなら機関銃のように出るアドリブも詰まる。滑舌も悪い。絶体絶命のピンチだ。ってもう何百回も経験した。大丈夫だ。最初にコクヨとぺんてるの敵対的買収ウラ話で ...

一風堂ファウンダー講演レポート

9/17「世界の一風堂」ファウンダー河原成美セミナー1時間+質疑応答2時間。テーマは「無我夢中」だけじゃ自己啓発セミナーなので、合間に戦略戦術の話題も。が、会場の音響チェックミスで音が割れた。録画も。まぁでも創業期〜中小時代の素晴らしい話オンパレード。■期間限定で音割れYouTube動画を公開。

宮崎9/13セミナー交流会

★緊急特別企画★ ≪演題≫「小さな会社★儲けのルール」成功事例100連発by栢野克己氏 4年振りくらいにベストセラー作家で講演家の栢野さんが宮崎に来ます。 今回も事例100連発?で宮崎の経営者を元気づけてもらいます。 フライングで参加表明している方もいますので、迷わず即決で参加申込みしてください! 毎回一週間で満席になる人気講師です! ◆日時:9月13日(火)18時30分~20時30分 ◆会場:宮崎県婦人会館3F「おすず」 宮崎市旭1-3-10(県庁近く) ◆会費:3000円(税込) ※当日の受付混雑を防 ...

ブルースリー完全再現

8/26自作自演セミナー(会場とFacebookライブ)がコロナで?キャンセル続出(お前の実力不足たい)。焦って何かせねば!少林寺の師匠をパクってTikTokやYouTubeに投稿。アホが引っかかるのを待つ。まぁ11人参加で形にはなる8/26詳細は以下↓コメ欄■好きな夏はいつもクーラー入れず全裸フリちんです。

世界の一風堂創業者「私の履歴書」起業ストーリー。成功失敗のウラ話100連発!+質疑応答

①最初のバーひとり起業3つの目標設定 ②ひとりで月商500万円どう集客したか? ③未経験ラーメン技術はどう身につけた? ④ライバル多数の豚骨で差別化したこと ⑤居酒屋タコ焼き他、多角化の失敗 ⑥レジからお金抜かれても文句言えず ⑦オレが入る店は売上増だが他店は減る ⑧複数店舗のマネジメント手法 ⑨天職に目覚めたのは44歳 ⑩年商1億3億10億の壁。そして100億 ・他に何か聞きたいことありますか? 2017年の講演↑ 参加申し込み者は■起業失敗借金“夜逃げ”厨房機器を“盗んで”再起業の西日本トップの唐揚げ ...

ルサンチマン

第二十章 師匠

生涯の師匠との出逢い

 ランチェスター経営(株)の竹田先生は、中小企業に特化した戦略コンサルタントとしては日本でも指折りの存在。ランチェスター戦略とは経営戦略の一つだが、もともとの発祥はイギリスでランチェスターカーという車の製造販売会社をやっていたフレデリック・ランチェスター氏が、第一次大戦中に発表した2つの法則に基づく。

第一法則は、双方の兵器の質が同じであると仮定し、互いに「接近」して戦う場合、双方の「損害量は同じ」であるということ。第二法則は、互いに「離れて戦う」場合、損害の発生は「兵器の数の自乗倍」に膨らむということ。
つまり、力の弱い軍が戦う場合は接近戦が有利でこれを「弱者の戦略」といい、逆に力が強い軍の場合は、敵と離れて戦う間隔戦「強者の戦略」が有利だと。

実際の戦争で言えば、前者は相手にゲリラ的に近づいて、最終的にはアメリカに勝ったベトナム軍やイスラム自爆テロ、後者は最新兵器を使って空から爆撃したアメリカ軍ということになる。アメリカはこの法則に基づき、第二次大戦で精神的な根性だけで戦う日本軍に対し、空爆を中心に最新兵器を使い、日本軍を遙かに上回る圧倒的な兵量で勝利したと言われる。

戦後、アメリカの統計学者がこの戦争とランチェスター法則に関する書物を発表したが、その翻訳した書物の中で、最初に中原氏、次に加藤氏、奥田氏、釜田太公望氏らが「強者の戦略」「弱者の戦略」という言葉を使った。その書物自体はそう売れなかったが、昭和40年代後半、当時売れっ子だった心理学者・南博氏の秘書だった田岡信夫氏が読み(過労で入院していた時)、ヒントを得て「ランチェスター販売戦略」として本を出したところ、その後の累計で300万部以上の大ベストセラーになった。

その田岡さんの講演を福岡で聴き、外部弟子となった一人が、当時、東京商工リサーチ福岡支店で企業調査と営業の仕事をしていた34歳の竹田陽一さんだ。竹田先生は当時はサラリーマンで営業成績日本一で「危ない会社の見分け方」などの講演も行っていたが、田岡さんの講演を聴いて大いに魅了され、自分もこんな風に講演がしたい、田岡さんのようになりたいと、その後は田岡さんのおっかけや、自ら田岡セミナーを主催。

そしてランチェスター戦略を徹底的にマスターし、10年後の44歳の時、田岡先生のFCのような形で「ランチェスター戦略九州」を個人創業。時間戦略や営業系の講演を年間300回もやっていた。この10年は経営戦略の教材づくりに没頭。今では200本以上のシリーズになり、中小企業向けの経営教材では日本一のラインナップとなった。また、その教材販売と社長塾を開催する代理店も全国に広がり、中小企業の経営を応援している。

●私が竹田先生に出逢ったのは、私が東京のビジネス社という出版社でテープ興しのバイトをしていたとき。書庫で何気なく手に取ったビジネス書「ランチェスター弱者必勝の戦略」をパラパラめくり、最後の著者プロフィールを見ると「竹田陽一 福岡県在住」とある。今も昔もビジネス書の大半は東京なので「へー、珍しい」と思った。まあ、でもその程度で、本の内容はほとんど感心がなかった。

その出版社には他にも「ランチェスター戦略」と名の付く本が山のようにあった。実はビジネス社は、田岡信夫さんの「ランチェスター販売戦略」の一連の大ベストセラーを産みだした出版社だったのだ。他に「孫子の兵法」や船井総研の創業者・船井幸雄さんの本も多かった。

しかし1992年、ビジネス社は経営危機に陥り、船井総研が子会社化した。 そこに送り込まれたのが当時、船井総研・東京本部の総務部長だった花田さんで、飛び込み営業に来た私に、バイトでもしないかと声をかけてくれたのだ。

つまり、あの時、東京時代の独立起業はわずか半年で実質休業に追い込まれたが、追い込まれて飛び込み営業をしなかったら、花田さん→ビジネス社→ランチェスター戦略→書庫の竹田先生の本には出逢わなかったのだ。

そして福岡へUターン後、友人のダスキン伊藤から誘われてセミナーへ行くと、講師がどこかで見たようなエラの張った人。東京の書庫で見た竹田陽一先生だったのです。あー、あの人かとセミナーが終わった後に名刺交換しました。

その3年後、私が始めていた異業種交流会「九州ベンチャー大学」に講師で来ていただき、二度目の起業の際に竹田先生の教材テープ「スモールビジネス・サクセスプログラム」を購入。本格的に「弱者必勝の竹田ランチェスター戦略」の勉強をスタートしました。

その後も私の会で10数回講師をお願いし、本とテープと生セミナーに「居酒屋特別個別懇談会」も加え、今回の共著を書き始めた時点では約10年間のつき合いでした。

悩んだ末に「守・破・離」の「守」で書く

こんな竹田先生とのつき合いはあり、竹田ランチェスターの入門本なら比較的簡単に書けるだろうと思っていました。しかし、いざ書き始めると全然書けない。ちょうど2年前に職安から痛くされて大失敗した独立起業セミナーのように、ほとんど何も出てこない。

仕方なく、竹田ランチェスターの本や教材のテキストを一から読み直し、音声テープを聴きました。ゼロから勉強のやり直しです。

さらに、私が主催した1999年?2000年「九州ベンチャー大学・特別版」の竹田先生の講義の箇所をテープ興ししていきました。

まずは「弱者の戦略」の概要。次に「商品戦略」成功する天職・商品の決め方、「地域戦略」成功する地域の決め方、「客層戦略」成功する客層の決め方、「営業戦略」成功する新規開拓の仕方、成功する固定客化の仕方、成功する働き方・・・。

朝から晩まで、竹田ランチェスターの本と教材と講演テープを聴きまくり、各戦略ごと文章にまとめていきました。ここでは私のオリジナルな文章はほとんどありません。

最初、この本はゴーストライターの立場だが、私の名前も出るようになった。だから、自分オリジナルな内容も書きたい、自分の色を出したいと欲が出ました。

しかし、よく考えると、読者は竹田陽一の本として読む。読んだ後、熱心な人は教材も買って勉強する。勝手にオリジナルを加えると不都合が出る。そう気づき、「竹田ランチェスター戦略」通りに、忠実に従って書きました。

自由に書けないのはある意味で苦痛でしたが、物事を学ぶ段階には「守→破→離」がある。基本を守らず、改良した「破」や独自の「離」をやっても身に着かない。まずは基本の「守」。つまり、師匠の言うとおりに書こうと方向修正しました。結果としてはこれで大正解でしたね。

ただ、本の構成では今までの竹田先生の本にあまりなかった「成功事例」を豊富にいれました。あえて言えば、ここが私のオリジナルな企画ですが、福岡・九州には「竹田ランチェスター戦略」で成功した会社には事欠かなかったですね。

私の主催するセミナー交流会「九州ベンチャー大学」のゲストにも該当者は沢山いましたし、先生のクライアントに成功事例の取材もやってました。

また、この竹田先生との共著の前に、地元起業家の人生事例集「逆転バカ社長」の原稿を書き上げていたのが良かったですね。事例に取り上げた社長は九州ベンチャー大学がらみで昔からの知り合いが多く、事例部分は比較的簡単に書けました。

なんとか2002年の10月半ば、「小さな会社★儲けのルール」の原稿が完成。この間、多くの人の応援や手助けも受けました。直接的には、フォレスト出版の編集者・田中智子さんには大変お世話になりました。

毎月毎週、叱咤激励の電話やメールをもらいましたが、あのプッシュがなければ3ヶ月ではできなかったですね。編集者の重要な仕事は、サボる著者を叱咤激励すること。1人では堕落します。自分は他人に締め切りを決められ、強制がなければ動かない人間だと認識しました。周囲のおかげで成長させて貰っている。本当に感謝しています。

ただ、私自身は原稿内容には満足していませんでした。あまりに内容が軽い。薄っぺらい。竹田ランチェスター戦略の触りくらいしか書けていない。これでは竹田先生の顔に泥を塗ることになる。真剣に悩みましたね。

実は10月半ば、原稿を書き直させて欲しいと出版社に申し出ました。が、「あれで充分よい原稿だし、もう出版計画に組み込まれている」と却下。

しかし、見本誌が出来上がり、出版社の社長が福岡へ挨拶に来たときも、「こんな本ではダメだ。どうしようもない。世に出たら恥ずかしい」とウツになり、薬局で精神安定剤を買って飲んだほど、本は出来たが逆に困ったと落ち込んでいました。

かつ、約1年間、結果として2冊の本の執筆に集中していたので、それまでの本業の広告代理業の仕事も激減。お金もほとんど無くなっていました。99%の本は1万部も売れません。だから印税も知れています。本は出るけど、それだけでは食っていけない。今後の人生をどうしよう。俺はいったい、どうやって生きていこうかと、本当に悩みました。

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-ルサンチマン

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