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小さな会社ランチェスター式儲けの戦略 ニュース セミナーのご案内 セミナー勉強会の予定+実績

8/1セミナー岡山+ZOOM全国へ

■岡山8/1アナログ会場+ZOOM全国全世界セミナー 『小さな歯科医師の逆転ストーリー 小さな会社の成功事例100連発 』 〜現金損益®︎経営岡山1周年記念特別講演会〜 岡山を代表する歯科医師・経営者でいらっしゃる「華房 宏一 (寛城)先生」と、 武闘派ランチェスター戦略講師で大人気の「栢野 克己先生」のダブル講演会。 実は、お二方とも5・6月に出版されたばかり。 今まで、いろんな著者とお話しする機会がありましたが、ほとんどの方は『本に書けない事の方が多い…』と。 今回は『赤裸々ぶっちやけ座談会』を行いま ...

小さな会社ランチェスター式儲けの戦略 ニュース ブログ

とにかく死ぬな。コロナなんかで

とにかく死ぬな■コロナで(どうしようもない)中小事業者は『どーしたらいーのー!?』って考える必要はない。借りて借りて借りまくるのだよ。貰って貰って貰いまくるのだよ。どうせ返済猶予期間が終わって返済が始まるころには民事再生(倒産)の嵐がやってきて、どこもかしこも民事再生祭りになるから、便乗して民事再生すれば良い。民事再生で全てチャラで良いんだよ。しかもいち早く民事再生して次に備えた方がよい。 仮にコロナって死んでしまえば団体信用生命保険(通称『団信』)で借入はチャラだ。生命保険が見事当たったと思えば良いのだ ...

小さな会社ランチェスター式儲けの戦略 著書への感想 お客様の声

ランチェスター経営など知らない言葉

これが私の生きる道。小さな会社やお店には、難しい経営理論や用語じゃ伝わらない。英語使わず事例で ■「読み始めはランチェスター経営など知らない言葉が出てきて、読めるのか少し不安になりましたが、読み進んでいくと具体的な事例が多く、とてもわかりやすい良い本だと思いました。本日は会場に伺えませんでしたが、ご縁がありましたらお会いしてお話ししてみたいものです。有限会社椎名畜産・椎名大悟」 ■私たちの仕事には豚を屠畜(とちく)するという工程があります。大切ないのちの恵に感謝する心を忘れずに、従業員ひとりひとりが「食 ...

著書への感想 お客様の声

事業失敗かつ逮捕された読者の手紙

「私は逮捕され、この手紙や留置場より書いております。会社は廃業。友人も知人もお客も、全てを失いました。また裸一貫ゼロからというか、マイナスからのスタートです。せっかく這い上がったと思ったのですが、一瞬で谷底へ転げ落ちました。今回、留置場で差し入れてもらった本の中に栢野さんの「弱者の戦略」がありました。それを読んで勇気を貰いました。「あきらめるな!また逆転できるぞ!」そう言われたような気がしました。ありがとうございます。どん底に落ちて、栢野さんの本の素晴らしさを再認識しました。栢野さんの這い上がる姿に、 ...

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Amazon「ほしい本」ランキング1位

あざっす!Amazon中小系ほしい本で1位! 「ほしい本ランキング」https://is.gd/s4Evrv ■渡邉義道 2020年6月23日 Amazonで購入 デールカーネギーさんの本がとても好きです。偉人の事例だけではなく、ごくごく普通の人物の事例も数多く出して一つの教えが様々な形で世の中で応用されているという気づきを与えてくれるから。栢野さんの本も、カーネギーさんのそれと共通するものを感じます。著名な経営者の話はためになります。とはいえ、偉人と呼ばれる経営者の生き方や経営手法を記した書籍は凡人には ...

小さな会社ランチェスター式儲けの戦略 ニュース

麻薬ビジネス軍団が来たw

大麻=ヘンプの合法的ビジネス情報誌を発行するヘンプトゥデイジャパンのCEO他幹部が東京から個別相談に。知らなかったが化粧品やサプリ、伊勢丹では大麻の麻布地の服も販売?実店舗を出す計画だが東京は高くて福岡は?と視察中。天神大名今泉薬院平尾渡辺通り歩いたが「どこも最高!今から糸島の視察へ」。私は10年前に禁煙快適で健食サプリとかに頼らず自前主義。が、日本で大麻ビジネスは穴場かも。大麻と聞いた瞬間ギクッとしたし、9割以上の日本人は拒否だろう。海外で大麻はまぁまぁ普通で「日本で合法的大麻製品とはいえ、商売やる大手 ...

小さな会社ランチェスター式儲けの戦略 メディア掲載

ベストセラーランキングで渋沢栄一とドラッカーに囲まれた

渋沢栄一とドラッカーに挟まれ光栄ですw。Amazonビジネス書「週間」ランキング6/14-20。文芸等全体では700-2000位ぐらい。中小企業経営や店舗カテゴリでは1-3位。これを毎日毎週毎月毎年で最低3万部目指す。本の詳細とレビューは以下 ■ベストセラー1位 アマゾン https://amzn.to/2zk4JZ7 ■6/29滋賀の朝会BNIでZOOM講師 ■7/3千葉 13-15時社内研修 ■7/3木更津 夜セミナー ■7/4東京 品川で企業研修 ■7月長野 飯田商工会議所 ■8/1岡山 主催は損益 ...

ルサンチマン 私の履歴書

「忘備録」2001年~昔の日記を転載

仕事のヒント 私の夢。それは皆が喜ぶこと。 私ができることで皆が喜ぶ事は・・ さあ、遠慮せずいろいろホラを吹こう!!!! 九州アドベンチャー大学・異業種交流で皆が勉強・人脈・友人知人・仕事・・・・ 広告集客・求人集客・売れるコピー 他に、私にできることは何か・・・。 常に明るく元気で、プラス発想+感謝の人間になる。 九州アドベンチャー大学の日刊化。毎日セミナー+交流会を開催。毎回30名×2000円=6万円×5日×4週=120万円。会場は・・・どこかただか格安の場所を。まずは月1回を月2回、月4回、月10回 ...

ニュース 成功事例

「元祖長浜屋」秘話③ by猪股るー

■私らが初めて博多に着いた時に食べたのはちゃんぽんだし、他ははうどん屋ばかり。ラーメンもあったのかもしれんけど、見たことがなかった。私たちが始めたのは、もちろん李さんが教えてくれた台湾のラーメン。場所は博多駅前。何せ人がいっぱいいて、福岡で1番賑やかな場所だからね。季節は冬。台湾式の温かい豚骨スープはきっと喜ばれるやろうって、2人で一生懸命準備した。1952年冬。さぁ、いよいよ後の〇〇〇につながるラーメン屋台が開店することになった。雪がチラチラ降って、暖簾がひらひら揺れとる。隣の屋台には早くからお客さんが ...

ニュース 成功事例

「元祖長浜屋」秘話② by猪股るー

9割は使う?味の素無し。ホントか?2005年の自伝だから今は??個店で推定年商2億の高額納税者。栢野の友人が岩田屋百貨店でこの夫人を担当。「家から店まで冬は寒いけん、毛皮のコートちょうだい」で何千万かポンっと払った■家のラーメンのおいしさの秘密はスープにある。とにかく、変なものは一切入れんで、自然のものだけで味を出す。材料は豚の骨と皮とニンニク、調味料は洋胡椒だけ。化学調味料やら塩やらは、一粒も入れん。豚骨スープの味の決め手となる豚は、豚を食べて育った豚の肉だけを使う。豚を食べて育った豚とは、つまり残飯を ...

第十五章 大学

2008/10/28

「大学」を設立

 こうして勢いを取り戻してきた1998年の11月、居酒屋のてっしい村・溝上社長がある独立希望者を連れてきた。三和銀行の営業マンを経てリフォーム会社の社長室長をやっているが、今度会社を設立することになった。名刺や会社案内やチラシなど、営業ツール一式を作って欲しいと。うれしい話だが、海のものとも山のものわからない会社で、回収が出きるかどうかのリスクがある。

 事務所で2時間話を聞き、その後、天麩羅やで2時間、人となり、計画を聞いて決めた。ぜひ、その仕事を受けさせて欲しいと。これが一気に700万円ほどの大型受注になり、その他ふく鮨本舗の三太郎のテレビCMや、毎月の受注額は30万円前後と小さいが、広告効果の改善で業績も人生も大逆転することになる英会話のFCC・赤峰社長のコピーライティングなど、受注額も内容も大満足できる仕事が続くことになる。

 また、この頃、香酢や青汁などの健康食品通販会社「やずや」の矢頭宣男との仲が急速に高まり、やずやを会場にし、SMIという自己啓発教材を販売するサクセスパワー福岡の上射場社長が主催する成功哲学勉強会に参加して、初めて人生の夢とか目標設定をした。この中で「本を出す」夢も書いた。が、本を出すなんて夢のまた夢、叶うはずがないと思っていた。

 矢頭さんとは、矢頭さんが講師になって行った21世紀生き残りセミナーの集客や運営を手伝ったり、東京のあるコンサルタントのセミナーに共に参加した。また、正月には矢頭家の家に呼ばれ、当時、調子に乗っていて妻への感謝を完全に忘れていた私は、矢頭さんから相当な強さで頭を殴られた。まさに愛の鞭。後頭部だったのでクラクラした。少し、やばかったが、この半年後に矢頭さんは他界。今では宝のような一生の想い出だ。

 年が変わり、1999年の2月、「大学を創る」という考えが閃き、一気呵成にチラシを作成。数百人に賛同を求めるFAXを送り、100人からの賛同者を集め、4月から「九州ベンチャー大学」特別版と称し、それまでやっていた異業種交流会「不況撃破懇談会」とは別に、独立起業のビジネススクールをスタートした。

 これは当初、和洋菓子チェーンの石村萬盛堂と宅配鮨チェーン「ふく鮨本舗の三太郎」のFC加盟店募集を狙ったイベントの広告文章を作成している最中、「九州ベンチャー大学」という名称を思いついたのだが、この名前にピンときた。

 これはイイ名前だ。単なるFC募集のイベントではなく、公的な感じで、単発ではなくシリーズで独立起業を考える人に役立つビジネスセミナーにするのだ。

 今までの異業種交流会を拡大し、独立起業と中小企業に絞ったビジネススクールにするのだ。通常のビジネススクールは講師も内容も大企業中心。この九州ベンチャー大学はゼロから始める起業と零細中小ベンチャー企業に絞るのだ。

 学部学科は、独立起業学部、営業学部、新規開拓学科、ルートセールス学科、商品戦略学部、地域戦略学部、客層戦略学科、顧客創造学科、財務学科、成功哲学学科、人間心理学科、挫折克服学科・・・などとし、講師は各分野で活躍する現役起業家、コンサルタントが担当。これは、中小企業コンサルタント・ランチェスター経営(株)の竹田陽一先生が、以前から提唱している大学改革案。社会に出てもほとんど使えない経済学とか会計学ではなく、営業とか地域戦略とか、実務に使える学部や学科がなぜないのかと。

 このあたりの考えをワープロで一気に書き上げ、それを数百人へfaxして100人の賛同サインをもらい、「起業家100人によるビジネススクールを開設!」としてマスコミへfax。これが朝日新聞や西日本新聞、起業雑誌アントレなどに大きく取り上げられ、第一回目の前半は、石村萬盛堂の石村社長、ふく鮨本舗の三太郎の蔀社長、ランチェスター経営の竹田社長をパネラーとして私が司会のパネルディスカッション。後半は竹田社長のワンマンセミナーと交流会。初回から100人を越える参加者が集まった。朝日新聞は社会面と経済面、西日本新聞は夕刊だったが、一面トップにデカデカと記事が載った。

 (俺はマスコミに載ると調子が良くなる。一般の人が、新聞やテレビや雑誌に記事として紹介されるということは、一生に一回あるかどうか。それが俺の場合、10数回は超える。そのほとんどは異業種交流会がらみ。公的な内容。マスコミに報道されること、マズローの欲求5段階説の認知と自己実現が満たされる。通常は周囲の人たちや所属する組織などから認められる、支持される程度だが、マスコミ報道は告知の数のケタが違う。新聞地方版で約40万部から90万部、テレビは300万世帯、雑誌も数万から10万部。有り難いことだ。勘違いしないよう、自己制御が大事)

 第二回目からは会場をHIS九州中国本部のビル内セミナールームに移し、前半は地場コイン駐車場「テクニカル電子」本房社長などの起業家による独立物語、後半はランチェスター経営・竹田社長による弱者必勝の経営戦略講座で計3時間。この特別版のベンチャー大学とは別に、通常の異業種交流会も毎月開催。この毎月約50?100人集まるセミナー交流会を、同時並行で1年以上継続した。他のゲスト講師はカギの110番・上野社長、音丸行政書士、FCC英会話の赤峰社長、スコッツの下田社長、市民バンクの片岡社長、パナ通信社の亀川社長他を迎えた。

 (この特別版は1年しか続かなかったが、この講義内容はほぼそのまま、のちの「小さな会社☆儲けのルール」「逆転バカ社長」の重要な原稿になった。人生に無駄はない)

突然、またもウツになる

 こうして97年前半は絶好調、97年後半から98年前半は不調、98年後半から99年後半まで絶好調・・・・といった好不調の波を繰り返した後の2000年2月、2度目の本の出版にトライしていたある日の夜、またもウツに襲われた。

 今まで何回もウツになったが、今回のウツはそれまでと違った。予兆というか、ウツに入る瞬間が自分でわかった。最初、頭の隅に何か光のようなものが差した。そして、不覚にもウツだと確信してしまった。自分で自分をウツだと洗脳したかのようだった。

 原因はよくわからない。が、直前に五木寛之の「大河の一滴」を読み、「マイナス発想でもいいじゃないか」「人生は苦しみなのだ」みたいな文章に洗脳さえたのかも。

仕事は相変わらず求人と販促の広告代理業で、何とか最低限食えていたが、ぜんぜん満足はしていなかった。しかし、じゃあ、他に何かもっと自分に合う仕事はと自分に問いかけても見えない。わからない。何度目かの天職探しの時期が来たのだ。
 
 そんな2000年の4月、ランチェスター経営の竹田先生から、先生の主催する経営研究会で講演をしないかと声をかけてもらった。その前から、「栢野さんも本を出しなさい。講演をしなさい」と言われていたが、冗談じゃないと思っていた。竹田先生は東京商工リサーチの全国トップ営業マンを経て、44歳で経営コンサルタントとして独立。その後20年で約13冊の本を出し、講演も約4000回の実績がある。何もない俺が講演とか本を出すなんてできるはずがないと思っていた。

 しかしまあ、これも経験だと引き受け、しかし、私自身の経営成功体験といえるようなものはないに等しいので、広告代理業を通じて、自分の広告の出来であきらかに業績アップに貢献できたと思う取引先の事例を話した。

 当時、通信販売系のダイレクトマーケティング理論が一部で注目を浴び、その理論と自分の広告事例を組み合わせ、小さな会社で小さな広告でも、広告文章次第で効果は何倍も上げられることを、聖心美容外科やFCC英会話やホームテックの広告事例を上げて説明した。

 初めての講演にしては、自分でもまあまあの出来だと思った。予想以上にエネルギッシュに話している自分というか、自分で自分の話に酔っている、良い意味で調子に乗っている、原稿もなしで話す言葉が次々に出てきた自分に驚いた。

 しかし、講演がうまく行った余韻に浸れたのも数日で、またウツ気分が到来。新規開拓の仕事はせず、既存クライアントから声がかかったら仕方なく出向くという、なんとも後ろ向きな姿勢で広告代理業の仕事をなんとかこなした。

 その合間に、講演も何回かやってみた。福岡大学の学生向け、青年会議所、流通研究会など、その大半は求人や販促広告の成功事例だった。まあまあ、なんとか詰まりながらも、毎回、講演らしい形にはなった。

講演にチャレンジして大失敗

 しかし、ある会合で出逢った専門学校の女性経営者の依頼でやった独立起業セミナー。これが大失敗した。これは大元のお金は国というか職安からで、失業者向けに独立起業セミナーを連続で25回ほどやることになった。

 金額は1回2時間前後で2万円くらいだったか。忘れたが。自信はなかったが、トライする価値は十分あると思い、カリキュラムを組んだ。形式は、前年にやっていた九州ベンチャー大学の特別コースと同じ。

 前半で実際に起業した経営者を招いて体験談を話してもらい、後半は、私が竹田ランチェスター理論に則って、商品戦略・地域戦略・客層戦略・営業戦略と話していく。つまり、実例と理論を相互に繰り返しながら講義するというもの。対象者は現在失業者で職安に通っている人で、かつ、独立起業に興味がある人。

 しかし、結論から言うと、毎回の講義に参加する人はドンドン減り、40名の教室に5名を割る日が続く。講義中もあきらかにウケていないのがわかり、全25回の内、半分も消化しない段階で俺の方から根を上げ、講義を辞退。惨めな敗北宣言だ。

 原因はいくつかある。最大の原因は、参加者を引きつける講義ができなかったこと。これに尽きる。いや、参加者は失業保険期間の延長が最大の目的で、起業自体には実は興味がなかった。つまらない講義、やる気のない生徒・・・大学の授業と同じだった・・・とは言いたくない。責任はこの私にあったのだ。

 参加者は多いときで10名程度で、少ないときは5名。今は同じような内容の講演を年間100回近くやっていて、原稿なしでもスラスラ行けるが、当時は原稿を読まないと講演が出来なかった。自分自身の体験談はOKだったが、ビジネス系の話はアドリブではダメだった。思い出しても顔が赤らむ。冷や汗が出た。

 毎回、講義の数日前からレジメを持って講義練習を事務所でやったが、結果は悲惨だった。意気込みは相当なものだったので、かつ、自分なりには事前準備もしっかりやったつもりだったので、この失敗は相当ショックだった。竹田先生の本を何回も読み、講演講義も何回も受け、理解していたつもりだったが、何も身に着いてはいなかった。そのこと自体もショックだった。

 さらに、将来はコンサルタントや講演家で食っていくという考えもチラとあったので、その道はとてもじゃないが自分には向かない、無理だと、大いに落胆した。それは即ち、自分の天職探しにも失敗したということだった。

 ただでさえウツなのに、この大敗北は完膚無きまでに私を打ちのめした。日々、夢遊病者のような感じで時が過ぎていく。今までの広告の仕事はなんとかこなし、なんとか最低限は食えたが、やりがいも将来性も見出せない。何とかせねばともがいた。

 自分の天職は何か。独立して5年が過ぎていたが、私は「アントレ」とか「ビジネスチャンス」などの起業本を読み漁った。何か自分に合う、できる、満足できる仕事がないか。 お客から呼ばれれば仕事に出たが、多くの時間は以前も経験したように、図書館や公園で人生本を読んだり、無為な時間が過ぎるのを待った。完全に青い鳥症候群というか、今の自分は本当の自分ではない。でも、何をやったらいいのかわからない。わからないから悩む。サラリーマンに戻るか?でも、何が向いているのかわからない。

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-ルサンチマン

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