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人生は10年しかない

  ◆人生は10年しかない。無我夢中になれる条件 「命短し恋せよ乙女」 黒沢明監督の名作「生きる」のなかで、志村喬扮する一市役所の市民課長が、この歌を幸せそうに歌うシーンがありました。彼、渡辺勘治は30年間無欠勤という模範的な役人だったのですが、ある日、自分が胃ガンで余命幾ばくもないことを知らされます。早くに死に別れた妻との間にできた息子にも冷たくされ、絶望と孤独に陥った彼は、街へさまよい出て、飲みなれない酒を飲むのです。ああ、自分の人生はいったい何だったのか?・・・。 かれは生きることの意味を ...

沢村忠に真空を飛ばせた男

約600pのノンフィクション読んだ感想「やっぱ身の丈以上の借金はダメだ(沢村でなく野口修)。借金は返さないといけない。返さず逃げたり隠れたりすれば、相手から一生恨まれる、陰口叩かれる、無視される(バブル時代5億資産プチ富裕栢野家は未亡人の母が連帯保証した浦川清史に1億やられて同時にバブル崩壊土地価格暴落自殺。お陰で少しはハングリーパワー身に付いた)。法的な破産や民事再生も平均9割以上踏み倒し。私は社長評論家30年やってるので、借金で倒産破産夜逃げ行方不明はたくさん観た。でも後で返済した人は表を歩ける。もし ...

ワクチン2回目終了。軽い酔いとだるさ

  2回目終了。頭が高い!この紋所が目に入らぬか!これで思いっきり〇〇〇できる。接種済証。抗力は2週間後から。まぁこの1年半でもナマで何回かしたが、みんな元気だw。今回も直後は軽い酔っ払い気分。たぶん2-3日だるいか?婚活アプリでマッチングした熟女から「ワクチン2回目の2週間後に会いましょう」と言われたが、そういう清廉潔白は好かん。でも会ってみないとわからんとキープ。歌舞伎町の次男は普通に陽性で「味がしない」と自宅自主隔離。明けに泊まりに来たが、一晩中凄い咳をしまくって、こっちは生きた心地しなか ...

缶ビール会に来たナノナイン安藤さん

先日の缶ビール会はスマホコーティングで国内トップクラスのベンチャー「ナノナイン」安藤さんと白熱4時間。一風堂河原さんのファンで九ベンの動画全部観てる。徒歩20分の墨田区?缶ビール会しましょうと実現。一風堂の本社は浅草橋でダメ元で誘おうと携帯へ。メッセ残すと河原さんから電話「今は福岡だけど8月に戻るからぜひ3人で飲もう!」「やった!」安藤さんは福岡出身で東京のブラックなイベント会社で法人営業ガンガン。親父の自営業をずっと見てていつかは自分も。ふとスマホの画面コーティングを知って、需要はあるが低単価でニッチ市 ...

モスは凄い・個人飲食店は月180万円ウハウハ

【モスは凄い?】ざっと立ち読み。横川さんはすかいらーく創業者の1人で現在は高倉珈琲チェーンを展開中。■小さな個人の飲食店は月10万円程度の家賃に対し、給付金を毎月180万円もらって堕落。旅行に行ったり高級車を買ったりして「ずっとコロナが続けばいい」と言ってますが、悪いのはそんなことをやった政府です■私は一時期すかいらーくと、和民と、モスフードサービスとで無農薬?有機?野菜栽培の会社をやっていました。キャベツは30回と言う言葉を知っていますか?キャベツが丸くなるまでには30回葉っぱが伸びるのを繰り返 ...

武井壮がなぜフェンシング会長に?

十種競技の元日本王者として知られる武井壮氏(@sosotakei)が日本フェンシング協会の新会長に抜擢された。競技経験はゼロでも、前任の太田雄貴氏は協会の未来を託した。フェンシング界はどう変わるのか? 百獣の王が起死回生の秘策を語った。 ⇒【画像】日本フェンシング協会の新会長に抜擢された武井壮氏 index フェンシング未経験者、異例の大抜擢への覚悟武井氏が出したフェンシングの課題自身をメジャー化した経験をフェンシングに武井壮だからできるフェンシング企画選手も発信力をつけることが重要現役アスリートとして五 ...

豪州のプロサッカー「コニストン」で活躍中

ユナイテッドはチャンスが殺到し続けたが、34分にコニストンのセンターバックのカヤノタカユキが滑り込み、ナスティックを越えてボールを押し込んだ。防御の争いだった。by翻訳アプリ■オーストラリア・サウスコースト・サッカーリーグ戦2021・5/9■記事詳細は以下

大山倍達正伝

  「私はね、結婚に失敗し、娘の教育も失敗しました。きみ〜、このままじゃ極真は潰れてしまうよ。10年後、全国の支部長の3分の2が50歳を超えるんだよ。極真は老人の組織になってしまうよ。国も会社も老人たちが支配する組織は必ず崩壊します。いま極真が直面している危機がここにあるんです。極真に老人は私1人だけで良い。支部長を世代交代させて、組織全体を若返らせなくてはならない。だから私は毎朝、こうして極真会館全国支部勢力地図をみては、その方法を考え続けているんだよ。徳川家康が大名の改易や転封の方便を考え ...

一風堂があの麻生グループより資金調達

約35億調達「やりましたね。抜群の安定感。IR情報見ましたよ。正直ホッとしました」「まぁ以前から知り合いだったんで」「国内は、、。海外からガンガン攻めるぜ!」「まぁとにかく良かった」スマホ談義 ■博多ラーメン「一風堂」を展開する株式会社 力の源ホールディングス(本社: 福岡市中央区、代表取締役社長:河原 成美)が、株式会社麻生(本社:福岡県飯塚市、取締役社長:麻生 巌)に対し第三者割当を行い16億46百万円を調達する。払い込み期限は5月31日。 <関連記事> 一風堂、パンダエクスプレスとの合弁を解消。商業 ...

こんな悲惨?なビジネス書がベストセラー

まさかのベストセラー第六弾!ヨボヨボ介護日記が4月に出てもう5刷!成功や自慢話でなく、交通誘導員、ガスメーター検診員、旅行添乗員、マンション管理人など、現場の悲惨な?実録日記本がバカ売れ中! ■新刊レビュー https://is.gd/AlPUys ■6月缶ビール会・浅草6-36-6-603 ■LINEやZOOM等で無料雑談歓迎! ■動画で質疑応答 https://is.gd/VKDTqR ■下品な講演 https://is.gd/9mociX ■講師します!リアル+オンラインで ■YouTubeチャンネ ...

ルサンチマン

第二十三章 再会

父との再会

2007年6月30日。私と妻が講師の「世界一周」をテーマにした講演会があった。主催は私の元クライアントで、地場NO1の英会話学校「FCC福岡コミュニケーションセンター」赤峰代表。

少し早めに会場へ着くと、年輩のシニアが3人いる。赤峰さんに聞くと、講演会の新聞記事を見てFCCに申し込みがあったらしい。が、なぜか、「一番前の席を予約したい」とのことで、赤峰さんも当惑したと。この3人は1時間前から来ていたと聞き、なんかシランが熱心な人達だなあと思っていると、

「カッチャン!元気だったね!俺よ俺」

「えっ?!」

「あなたのオヤジが福岡シティ銀行の下関支店長時代の部下よ。私は柳瀬で・・・」

「あーーーー!!ご無沙汰しています!」

思い出した。当時、私は小4。面影はなぜか覚えていた。

「どうしたんですか。今日は」

「いやー、カッチャンが新聞に出ていたからね。あなたのことは何度か新聞で見ていたけど、連絡先がわからなかった。今回は日時も場所も書いてあったから、皆で話して今度こそ行こうと決めて、来たんだよ」

「えーーーそれはどうも有り難うございます!」

32年ぶりの再会だ。

「あなたの講演を聞きたかったんだ」

「・・そうですか(でも、なんで?)」

「あなたのお父さんも、講演ばっかりしていたからね」

「ええええええッーーーーーー!!ホントですかあ!!」 (初めて聞いた)

「口は達者だった。支店長時代は勿論、その後の業務推進部長、取締役小倉支店長、北部九州ブロック長時代、行内や他の支店や外でも講演ばっかりしていたよ」

「え?!そうなんですか?!」

「私らはもう引退してるけど、下関支店のOBで<うず潮会>という同窓会をやり、年に何回か集まってるんよ。あなたのお父さんには、それはそれはみんな世話になった。あんな人はいないね。すごい人だった」

「・・・そうなんですか。でも、実は私は親父のことは知らないんです。高校2年の時に親父は44歳で亡くなったから、親父がどんな仕事をしていたか、何を考えていたかなど、そんな話しは一度もしたことないです。もし、できたら、今度、うず潮会があるとき、私も必ず誘ってくれませんか?親父のことを知りたいんです」

「そりゃあ、我々も大歓迎よ。みーーんな、あんたのお父さんの部下で鍛えられたからね。栢野学校の卒業生よ」

「いやーうれしいです!ありがとうございます!」

なんと、33年ぶりに父に会える。本当の父を知ることができる。なんという奇跡だ。これもそれも、世界一周という無謀なことをしたおかげだ。1000万円かかったが、なんか元は取れたという感じ。俺の心の中にはずっと、親父への不信感というか憎悪感があったので、いつか和解したい。でも父はいない。でも、自分なりに解決せねばと思っていたので、なんとも奇跡の出逢いだ。今回は。

が、奇跡はそれだけではなかった。

実は赤峰さんが今回の集客の件で、日産自動車のマーケティング本部・福岡プロジェクトにいる高校時代の同級生に案内を流したところ、

「栢野さん・・・この名前・・・もしかして、この人のお父さんは福岡シティ銀行にいたんじゃないの?(その友人は福岡シティ銀行のOB)」

「ええ、そうらしいよ」

「あーーじゃあ、間違いない。あの栢野金之さんの息子か・・」

「栢野さんのお父さんを知ってるの?」

「知ってるなんてもんじゃない。あの人が銀行の、営業の仕組みを創り上げたんだよ!」

赤峰さんは昭和24年生まれの58歳。この同級生も同じ。親父は昭和6年生まれ。生きていたら76歳。親父は昭和50年9/30の銀行半期決算の日に脳血栓で44歳という生涯を終えた。ということは、この同級生の方は当時26歳。親父は取締役業務推進部長で、一般には営業本部長みたいな立場だったからだろうから、あの人が銀行の営業システムを創り上げたというのは、当時の役職から言えば当然かもしれない。

それも、親父が活躍した昭和40年代・1960年代はまさに日本の高度成長時代のまっただ中。時代にも恵まれたのだ。が、だからこその激務だったらしく、親父は銀行団のヨーロッパ視察から帰国後に倒れた。

亡くなった当時、同僚からはこう聞いた。「オヤジさんは過労死だね。亡くなったのが銀行の決算日というのも、栢野さんらしい」

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-ルサンチマン

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