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YouTuberビジネス系日本一のキミアキ先生とライブ

なんと!日本一クラスのビジネス系YouTuberキミアキ先生とこで17:30-ライブ乱入対談予定。私や竹田陽一の100倍わかりやすいビジネス系YouTuber話し手です。硬派スピリチャルの石田久二に大阪のミドウスジ大学で中小企業診断士の牧野谷さんも。  

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イランはイイとこでした。

美男美女ばかり。今や戦争状態のイラン。イイとこでした2017年8月。行っててよかった。ホントは今の紛争を観たいが。日本人少なくモテモテ。イスラム圏はイイ感じ。が、宗教や今回みたいな米国との争いになると一気に狂気へ。米国も。イイんです。何かを為すには狂気が必要。以下に秘境マスレ村やホメイニ廳への潜入盗撮動画が貴重 FullSizeRender FullSizeRender

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独立起業して何をやるか?サラリーマンの延長?自由に好きなこと?悪徳ボッタクリFC?

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中小企業の成功戦略13カ条その5

■中小企業の成功戦略13カ条 竹田陽一 5、非関連の多角化や商品の幅を広げすぎると戦力が分散する。弱者は商品の幅を狭くし、強い商品に力をより集中せよ。■自治体専門の広告代理店ホープ、不良専門の矢沢永吉、ヤンキーバカのドンキホーテ、最初はみんな単品通販で成功した九州通販、総合リフォームから外壁塗装に絞って60億ホームテック、賃貸やめて売買特化ハウスウェーブ、ラーメンうどん総合麺の一風堂に勝つため豚骨のみ一蘭■昔、百貨店は小売の最高峰で皆の憧れだった。読んで字の如く何でもあった。小売の競争がゆるい時代は。競争 ...

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弱いものイジメの法則

■弱い者いじめの法則 ※経営の場合です 日産自動車の業績がひどく悪くなり、フランスのルノー傘下に入ったのは、日産の2倍以上の経営力があるトヨタを攻撃目標にしたためです。三洋電機の業績が悪くなったのも、元をたどれば三洋電機の5倍以上の経営力があるパナソニック松下電器産業を攻撃目標にしたからです。※ロッテリアが40年経ってもダメなのは、大資本ロッテのプライドでずっとマクドナルドのマネしてるから。貧乏脱サラのモスは最初からマクドナルドと差別化で競争せず 上場企業には、組織の上層部に学歴が良くて、戦力をしっかり ...

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小さくても1位づくりが大事な理由

■小さくても「一位づくり」が大事な8つの理由 1位作りを目標にしている社長と、目先の売り上げや利益を追い求めている社長とでは、5-7年もすると利益性に大きな差が出ます。 ①特定の地域に多くのお客を作ると移動時間が少なくなります。移動時間が少なくなると余った時間で多くのお客が回れるので、営業マン一人当たりの粗利益が多くなります。これを「一位粗利益増加の原則」といいます。 ②特定地域に他社よりも多くの客を作ると、営業活動で必ず発生する生産性マイナスの移動時間が少なくなります。営業マンの実質営業経費はとても高 ...

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成功者の意外な過去

私のライフワークは成功起業家の人生Wiki。を調べてると「またか!?」という負のマイナスの共通点が。例えばマルチ商法ネットワークビジネス経験。本人がカミングアウトしてるケースでは■「皇潤エバーライフ創業者井さんは羽毛布団時代のジャパンライフ」。■同じく「やずや創業者も「ジャパンライフをやった。でも自分の分だけ仕入れて他人には売れんかったなぁ」。■「鏡の法則」野口さんはYouTube動画でアムウェイやってたとカミングアウト。これは真逆の清廉潔白イメージだったので驚いたね。■本田健も以前から「昔有名なディスト ...

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パパ活継続中

  今日のパパ活。ここなら安心「何でもイイぞ!」と太っ腹なとこ見せようと思ったんですが、買ったのは100円のドロップと手袋の2点220円。ランチはバーミヤンでしゃぶしゃぶ牛食べ放題2人で4200円。倹約往復の高速バス7200円。バス客は大半の若者に混じって困窮中高年チラホラ。プチ屈辱的。ってか国内バックパッカーだな。3時間の日帰りデートでした。黒いローラ、黒いザギトワって感じ。近くで見ると少女マンガのような目鼻立ち。こんな美女がなぜオレと?出稼ぎパパ活ってのが一番わかりやすいがw。来日1年で10 ...

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中小企業の成功戦略13カ条その3

■中小企業の成功戦略13カ条 竹田陽一 3、経営力に限りがある弱者は、戦わずに勝てるものや勝ちやすいものに目標を定め、まず小さなもので1位になることを目指せ。 ■著者の栢野さんを初めて見かけたのは12年ほど前、パテシエの修行中に技術だけでなく、経営や宣伝などを学ぼうと福岡の商工会議所での講演でブルースリーの真似した怪しい変な講師が栢野さんでした・・・「小さな会社☆儲けのルール」を読むようにおススメする宣伝みたいな講演で胡散臭いなぁと思いながらもその本を読んだらびっくり!!、衝撃が走りこれを参考に自分なりの ...

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中小企業の成功戦略13カ条 その①

■中小企業の成功戦略13カ条 1、経営の目的は利益発生源の顧客を増やし、1位の地域か1位の商品を作ることにある。1位と2位や3位とでは、一人当たりの利益で3倍も4倍も差が出る。とにかく何かで1位になることを目指せ。by竹田陽一■2位じゃダメなんですか?いいんだよ。実際には99%以上が2位以下で生きてる。経営の目的は顧客づくり?まぁドラッカーの受け売りで一般人にはわけわからん。そりゃ顧客がいないと潰れるが。そりゃ自分が属するカテゴリで2位や3位より1位はイイ。目立つしカッコイイし、顧客もどうせ買うなら付き合 ...

第十三章 自滅

2008/10/28

独立へ

 こうしたサラリーマンとしては過去最高の時期を過ごした後、1995年の8月15日に、福岡市中央区舞鶴のマンション事務所で独立した。その前月の7月25日には長男敬之が誕生。良いプレッシャーとなった。

 前述のように、仕事はアド通信社時代をそのまま引き継いだので、初月から売上も500万円以上、粗利も100万円近くあった。毎月の借金返済に30万円、その他事務所と自宅の維持に約70万円かかったので、なんとか最低限の生活は出来た。

 聖心美容外科を中心に、約30社の販売促進と求人の広告代理業務。お客を訪問して取材し、広告文案を考えて執筆し、それを元に広告枠をデザインして版下を作成し、各媒体の出版元に納める。このうち、デザインと版下作成は、アド通信社の伊藤さんに依頼。その他の営業活動とコピー文案作成作業は、妻の助けを借りながらやった。

 電話応対や事務も、出産したばかりの妻がやってくれた。事務所押し入れにベビーベッドを敷き、足でゆらしながら事務をした。子供が泣いているときに電話が鳴った場合は、受話器を持って外に走った。仕事場と保育園が一緒になったドタバタ事務所だった。

 この独立当初、筑紫学園・井上さんの紹介で「アジアビジネスセンター」のパンフレット作成に携わった。社長は新日鐵でテーマパークを開業し、その後は福岡ドームの副社長を務めていた瀧本さん。アジアと九州を結ぶ総合コンサルティングセンターを創ろうと内外に呼びかけ、地場大企業等50社から約3億円の出資を集め、専任職員10数名、社外コンサル50数名など、地方のコンサルシンクタンクとしては壮大なスタートを切った。

 8月ごろから構想の具体的実行に加わり、最終的には12月の年末にパンフレットや名刺封筒、ロゴマーク一式などが完成。総額約700万の受注で粗利は150万ほどだった。身に余る仕事を頂いたが、大所帯での新規事業で広告物の変更も多く、私の実力以上の心労が続き、終わった時は消耗していた。

 1996年の初めからは、東京時代にバイトしていた出版社・ビジネス社の福岡地区営業代行業務を請け負い、月に1週間ほど、福岡と小倉の本屋さんと東販・日販などの問屋を廻り、新刊本の事前受注や既刊本の補充営業などをした。

 しかし、これは昔のダメだったヤマハ発動機やCSLと同じく、お願い営業的なルートセールスになり、結局半年程度でウツ気味になって辞めた。俺は本当にダメだなあと落ち込んだ。

(しかし、この7年後に自分の本を出した時、本屋さん相手の営業PRでこの時の経験が生きた。人生に無駄はないのだ)

調子に乗ってケンカの連続

 その後、聖心美容外科の仕事は毎月コンスタントに700万円ほどあり、何とか食うには困らなかったが、悶々とした日々が続いていた。

 1997年の春、会社を増資し、有限会社から株式会社にした。お客や友人知人に一株10万円の出資をお願いし、最終的に30人の経営者や友人が出資してくれた。そのキッカケは天下の角川書店とのケンカだった。

 角川書店の「九州ウォーカー」創刊号に1000万円を超える広告を受注をしたのだが、角川からインタークロスみたいな無名広告屋には口座を開かぬと通達されカチンときた。 そんな大企業権威主義なら、こっちも地元名士の名前を借りようと、明太子の<ふくや><やずや><ランチェスター経営>などそうそうたる株主を揃え、その上で交渉しようとした。その後、口座の件はどうでもよくなり、他の代理店を通して入稿した。

 また、その年の夏、元の勤務先であるアド通信社と大喧嘩をした。お客をアド通に取られたかどうか忘れたが、カチンときた私は仕返しをしようと決意。アド通と折半していた大口クライアント・聖心美容外科の仕事を強引に奪い取った。

 これで売上も月商1000万円を超え、個人事業としては大成功だ。
「ざまあみやがれ!」
 この頃から傲慢不遜の塊のような言動が増えた。もう誰も止められない。

 秋には日本青年会議所からの依頼で、大規模な起業家パネルディスカッションの企画コーディネーターを務めた。講師にホワイトデー創案者「石村萬盛堂」石村社長、キャナルシティを創った地場最大のデベロッパー「福岡地所」の榎本社長、日本一の中小企業経営戦略コンサル「ランチェスター経営」竹田社長、九州一の宅配鮨「ふく鮨本舗の三太郎」蔀社長らを選出。バカのクソので討論を盛り上がらせて大成功。俺は天才だと思った。

自滅

 このイベントで調子に乗った直後、聖心美容外科の山川院長と、広告版下物の色校(色のチェック)で意見がかち合った。

「これでいきましょう」
「いや、栢野さん、これはダメですよ」
「いや、これでいいと思う」
「でも、デザインと色がどうも・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

 私はキレ、自分でも思いもかけぬ言葉を言い放った。
「もう勝手にしろ!俺はお前のところの広告はもうやらん!」

 数ヶ月前ほどから、聖心美容外科の仕事はマンネリしていた。毎回広告コピー文の作成に苦しみ、新しい案が出ずにワンパターンの繰り返し。この程度の仕事で毎月1000万近い受注を貰うのは心苦しい。何やら申し訳ない気持ちもあった。潮時。そんな考えも頭をよぎった上での、発作的な自殺行為だった。

 翌月から売上は9割ダウン。それほど聖心美容外科の仕事に依存していた。社員は俺と妻以外はバイト一人だけだったが、他の仕事をする余裕は充分あった。もっと新規開拓せねば。しかし、現状は充分食えている。そこに甘えがあり、改革を怠っていた。

 月の売上は1000万円から100万円と激減し、粗利も250万円が30万円になった。事務所と自宅の維持費に加え、借金返済で月に120万円は必要だったので、資金繰りは一気に苦しくなった。

 まあでも、なんとかなる。元はゼロからスタートしたこの身だ。また一から始めればいいと、職安や求人誌をリストに求人広告等の新規開拓電話や飛び込みをしたが、ほとんど売上が上がらない。数件断られると落ち込み、営業活動をしていないに等しかった。

 当時39才。新規開拓・飛び込み営業をするには歳をとった。広告の新規開拓営業マンは大半が20代や30代前半まで。今さらそんなみっともないこともできない。そんな恥ずかしさも出てきた。

 また、前のアド通信社は地場では有名だが、インタークロスは全くの無名。独立して初めて新規開拓し、「インタークロス?知らんねえ。求人?うちはOOに頼んでるからいいよ」の連続で、知名度の無さに打ちのめされた。

 リクルートやアド通時代はそこそこの営業実績が上げられたが、それは会社の知名度のおかげで自分の力ではなかった。かつ、新規開拓で断られてもガンガン前に進めたのは、職場に同僚やライバルがいて、切磋琢磨できたから。うるさい上司とノルマがあったから。

しかし今は、事務所で営業するのは自分独り。張り合いも何もない。出来ても出来なくても、誉められないし叱られない。会社にいるサラリーマン時代は気づかなかったが、組織の環境・強制力が個人の力を後押しするのだ。自分で自分を鼓舞するのは難しい。

 しかし、広告営業以外に稼ぐ手段は見あたらない。でも、新規開拓で断られるのが恐く、こんなことは無駄だと足も心も動かない。当然、預金残高はどんどん少なくなっていった。

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-ルサンチマン

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