序 章 by 竹田陽一(ランチェスター経営・代表)
◎「社長」には誰でもなれる
大企業に就職し、部長や支店長、果ては取締役や社長になるのはとても難しいことです。実力に加え、派閥や上司に対する処世術も必要。長いこと辛抱しなくてはいけません。
でも、「社長」になるのは簡単です。「躍進商会」なんて適当な社名をつけ、スピード名刺屋に原稿を渡すと、30分後には「躍進商会 代表 山田進一」という名刺が出来上がり、あなたも今日から「社長」です。
本屋の独立コーナーに行くと「有限会社の作り方」なんてものがたくさん並んでますが、独立は別に株式会社や有限会社などの法人を作らなくてもできます。
日本には法人企業は約280万社ありますが、個人事業主はその2倍くらいいます。
つまり、企業、個人商店とあわせると、「社長」は約700万人です。
日本の労働人口は約6000万人ですから、大人の8・5人に一人は社長になるのです。
ウソだと思ったら、繁華街に行って「社長!」と呼んでみて下さい。歩いている人のかなりの人が、自分のことだと思って振り返るはずです。
●ポイント! 日本人の大人の8・5人に1人は「社長」。「社長」になるのは簡単だ。
◎独立後10年続くのは2割だけ
このように、「社長」になるのは簡単。
難しいのは続けることです。毎年発行される「中小企業白書」によると、独立して1年で約4割が廃業し、10年後の法人存続率は約2割(個人事業は1割)。つまり、独立したほとんどの人は失敗しているのです。
成功した人は自らしゃべるし、新聞や雑誌にも紹介されます。
でも、失敗した人は黙ってますからわかりません。
株式会社や有限会社にした人は、法務局で新設会社登記を調べればわかりますが、最初は個人事業として独立する人がほとんどです。最初は個人で独立して、何年か経ってから法人にする人が多いです。
個人事業の間で失敗した人は黙ってます。経歴書にも書きません。失敗してまたサラリーマンに戻りますなんて、口が裂けても言いません。再就職の面接時には、ブランク期間を「女房の実家を手伝っていた」とか、ウソばっかり言いますね。
わたしが企業調査会社にいるとき、独立者の実態を調べるのに400社の謄本をとったんです。それだけでは足りないので、取引先の社長などに最近独立した人はいませんか? などと聞いて100社を実態調査しました。結果は半年以内に4割が廃業していました。
手持ちの金がなくなった廃業ならいいですよ。無理して続けると高利の借金をしなくてはいけません。そうなったら大変ですね。
こういう個人事業も含めた独立当初の正確な統計データはないんです。わたしがこの400社を調べたデータをNHKに送ったら、面白いということでテレビ番組を作ることになりました。でも、独立して失敗してサラリーマンに戻った人に番組に出てくれと頼んでも、だれも出演してくれませんでした。そんな恥ずかしいと。
こういうわけで、わたしが調べた範囲では半年で約4割が廃業・倒産してました。
それから別なデータでは、3年以内に取扱商品や業種が8割以上変わっていました。最初はコピー機の販売をしていたのが、2年後には健康食品に変わっているとか。
それほど、独立・経営とは思ったとおりにはいかないんです。
でも、それが当たり前と思えばいいんです。
失敗と思うか、良い経験をしたと思うかなんです。
エジソンが電球を発明するのに6000回の失敗をしましたが、それは6000回の検証をしたのであって、失敗ではないのです。ホンダもソニーもそうですね。
●ポイント! 「社長」になるのは簡単だけれど、それを続けるのは、容易ではない!
続けたいのなら、努力は欠かせない。
◎誰でも簡単スグ成功はない
独立雑誌やネットには「誰でも簡単にできる商売」などと書かれていますが、それは大ウソです。その大半は悪徳フランチャイズみたいな保証金パクリ型が多く、実態は「元締めにとっては、素人を騙して簡単に儲かる商売」です。
むかし、わたしが企業調査会社にいた時に調べた会社がそうでした。
それは出資金パクリ型。「300万円出せばその会社の取締役になれる」というもので、毎週取締役が増えていました。当時、日本で一番取締役が多かったのが新日鐵でしたが、その会社は新日鐵も抜いて40数人の取締役がいましたね。
そして毎月1回取締役会議に出ると、重役手当を5万円支払う。なんてことはない、300万円の中から少しずつ返しているだけなんです。これで信用させるんですね。でも、この支払いを長く続けるとパーですから、早く集めて早く逃げる。いつ逃げるかナーと待ってたんですが、最後は空港で捕まりました。今でもこの手のパクリ型は多いですよ。
確かに、誰でもすぐに社長にはなれますが、社長になって経営を10年、20年続けることはとても難しいのです。
独立して失敗すると経済的な損失が出るだけでなく、再就職にも苦労します。
若ければまだいいですが、40歳過ぎた「元社長」は嫌われることが多いです。
わたしの会社でも過去に何人か「元社長」を雇いましたが、人に使われることを忘れていて威張ってばっかりで横着。言うこと聞きません。こうしなさいと言うと、「俺には俺のやり方がある」なーんていうんですが、自分はそれで潰れたことを忘れている。
くれぐれも、「小資本で誰でもできる」なんて雑誌の記事や本をそのまま鵜呑みにしてはいけません。
誰でもできるようなことは競争相手がすぐに増えて、マーケットの取り合いになって食えなくなる。誰でもできるような仕事には絶対に手を出さないことです。
■ポイント! だれでも簡単に儲ける仕事は存在しない。甘い言葉に騙されるな。
◎倒産取材を1600件やってわかったこと
わたしは東京商工リサーチという企業調査会社に16年勤め、その間に約1万社の調査書に目を通し、うち約3500社は実際に取材・調査をしました。
さらにそのなかの約1600社は倒産の取材でした。
元気な会社や伸びてる会社の取材は楽しいですよ。でも、倒産の取材は大変でした。
借金がない廃業はいいですが、大きな借金を抱えた倒産は悲惨です。夜逃げや離婚は当たり前で、ガス自殺や首吊り自殺の現場にも何度も遭遇しました。
倒産後の債権者会議にも約200回参加しました。倒産した社長と債権者の大喧嘩や、泣きわめく姿も山ほど見ました。
普通のマスコミの記者は、自らここまで深く取材しません。あの会社は伸びてる、売り上げが落ちてる、倒産したとか、企業の広報・表玄関からの記事が大半です。
幸か不幸か、企業調査会社の取材は裏情報も取らねばなりません。いわば、企業向けの探偵みたいなもので、当時は嫌がられる仕事でした。
ただ、ある時に気づいたのです。この企業調査は嫌がられる仕事だが、良い会社も悪い会社も、まさに現場の生情報が山ほどある。こんなデータと生の経験ができる職場は他にない。マスコミやコンサルタント、学者やシンクタンクの人では編み出せない何かを発見できるのではないかと。
また、倒産取材を1600件もやるうち、最初はこんな悲惨な取材はイヤだ、なんてバカな社長・会社が多いのかと思っていたのですが、ある意味では倒産・廃業も当たり前なのだと気づきました。人と同じく、法人もいつかは死ぬ。
事実、会社が倒産した後は、従業員は他の会社へ転職し、お客も他の会社へ流れていきます。年商10億や50億の会社が潰れても、その近所の人達もほとんど気づきません。
当事者にとっては大事件ですが、世間一般では別に影響はほとんどないのです。
JALやダイエーや大手の有名銀行が倒産しても、その時々の当事者とマスコミが騒ぐだけで、部外者は関係ない。「へー」で終わりです。
つまり、倒産は人の死と同じく、単なる「富の再循環」なんですね。
■ポイント! 企業は人と同じ。倒産は単なる「富の再循環」でしかないのだが……。
◎経営相談を1万件受けてわかったこと
企業調査会社を経て、田舎の経営コンサルタントとして独立して30年。今までに講演・研修実績は約4500回、本も書店ルートで16冊出し、約50万部が売れました。
東京の有名な経済評論家やコンサルタントに比べると大したことはないですが、九州・福岡というローカル在住のコンサルタントではまあまあの成績でしょう。
また、20年前より中小企業の経営者を対象とした経営戦略のCD・DVDの制作に着手しています。
今までに開発したオリジナルCDは約140巻、DVDは約100巻、総販売巻数は約6万本。経営の基本戦略、商品戦略?財務戦略まで、フルラインで教材を開発したのは中小企業向けでは恐らく日本ではわたし一人です。
このテープ教材を導入していただいている会社は約5000社で、他の個別相談などを含めると今までに約2万社の経営相談を受けてきました。
経営相談は前向きな相談、後ろ向きな相談など様々ですが、社長さんも本音と実態を話してくれます。企業調査会社と同じく、生の会社の実態に触れる機会が多いのです。
この約2万社の相談を受けてわかったことは、成功も失敗もその理由の約90%は共通していることです。「うちの業界は特殊で」とか「うちの会社は運が悪かった」とかいろいろ言い訳しますが、客観的に見ると大差はない。
今もむかしも、経営の3分の2は江戸時代から変わらない経営原則=ルールがあります。3分の1は時代ととも変わりますが、根本の経営原則=経営戦略は変わりません。
大半の人はサラリーマン時代の延長で独立します。
よく言われるように、社長と社員では10倍の差があります。たとえ現場の営業実績で社内ナンバー1になっても、営業力と経営力は全く別次元のものです。
つまり、現場の戦術と会社全体の経営戦略は全く違うものなのです。
裸一貫で体当たりで成功する人もいます。偶然、経営原則通りにやって成功する人もいます。実戦が伴わない勉強は机上の空論です。「経営はやってみなければわからない。コンサルタントなんかの言うことは宛にならない」のも確かです。
しかし、2万社を見てきて、倒産取材を1600社してきて、「この基本さえ知っていれば倒産することもなかったのに」「この原則さえ守ればもっと成功したのに」という悔しさがあります。
経営は実戦、経営学は机上の空論です。
しかし、実際に独立して直面する90%が、すでに成功の虎の巻としてあるならば、それを先に学んでおくことは大事なことです。
■ポイント! 経営には原則がある。その原則を先に学んでおくことで、不必要な倒産を避けることは可能だ。
◎世の中の情報の9割は大企業の事例
一部の天才を除き、人の価値観や基準は、その人の育った環境に大きく左右されます。具体的に言うと、育った家庭、学生時代、テレビや新聞、雑誌、本、就職先、親や友人との会話、情報です。
そして、大学3年生くらいから就職活動を始めますが、こんな時代でも、やはり大企業志向は変わりありません。
テレビをつければ大企業のCMばかり。残念ながら、ローカル地元のCMはどれもダサイ。大学でも、未だに優秀な大学になればなるほど、どれだけ大企業・上場会社に就職したかが競われる。
残念ながら、高校や大学では、大企業の事例を取り上げる経営学はあっても、中小企業や独立起業の実践的な授業はほとんどないのです。
価値観に多大な影響を与えるマスコミ自体が皆、大企業。その情報やCMを集める記者や営業マンも皆、大企業志向で入社している。かつ、大企業のCMが集まらないと、マスコミ自体が成り立たないようになっているのです。
ですので、大企業からは中小零細企業にとって、ほんとうに価値のある情報は流れてこないのです。
経済界で圧倒的なシェアを握り、ステイタスがあるのが日本経済新聞や日経ビジネス、週刊ダイヤモンドなどの経済新聞、経済誌。
普段、本を読まない人でも、これらの新聞や雑誌を手に取ったことはあるでしょう。経済経営の勉強のためには、まずは日経からだと。
でも、日経新聞に載っている記事のほとんどは大企業・上場企業の記事ばかりですね。週に数回は「ベンチャー・中小企業のページ」もあるけど、それでも約40ページのうちの1ページ程度。なぜ、大企業やマクロの日本経済の記事ばかりなのでしょうか。
実は日経新聞のスタートは「株式新聞」であり、毎日の株価情報を流すために創刊されたんですね。勢い、株式新聞=株式上場している企業の情報が中心になるのは仕方がない。
しかも、日経の記者と大企業の広報は仲良し。なぜなら、大企業は記事を書いてもらおうと広報部を通じて情報を流す。記者もネタに困るから大企業に足繁く通う。
広告も大企業が中心。日経にはローカル面もあるが、そこも地元経済のマクロ情報と地場大手の記事ばかり。
週刊ダイヤモンドなどの週刊経済誌も同じ。載っているのはトヨタがどうした、ユニクロはどうしたという大企業の記事ばかりで、中小・ベンチャーのページはやはり、100?150ページの中でわずか数ページ。もちろん、広告も全国雑誌ですから、載っているのは大企業のイメージ広告ばかりですね。
中小零細企業の経営者は、自分で自分に役立つ情報を集めなくてはならないのです。
●ポイント! 世の中に紹介されている原則の9割は大企業のもの。大企業経営者でないあなたは、それをあなたのビジネスに適応してもムダである。