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あざっす!著者冥利に尽きる

嬉しい。著者冥利に尽きる。Amazon本詳細は以下   ■新刊レビュー https://amzn.to/2zk4JZ7 ■9月缶ビール会・浅草6-36-6-603 ■動画で質疑応答 https://is.gd/VKDTqR ■下品な講演 https://is.gd/9mociX ■講師します!リアル+オンラインで ■YouTubeチャンネル https://is.gd/35aXsb ■成功事例集 https://qvenshop.com/ ■メルマガ http://bit.ly/x0iCND ■ ...

新刊のレビューありがとうございます。

レビューあざっす! 中古が在庫切れボッタクリ価格なので新品を^_^ ■Amazonで購入 高野 竜馬 この本に登場する5人の経営者は中小企業のクセに「それをやっちゃあ、おしまいよ」みたいなこと(本業とは無関係な多角経営だったり、弱者に似つかわしくない事業計画や営業手法だったり)に手を染め、潰れそうな経験を皆、赤裸々に語っています。だからこそ、そこから這い上がってきた経営者達の物語はとてもリアルで迫力があります。 珠玉の一文は 「これからネット化が進みますが、ネットでも最後のエンドーユーザーはアナログの人間 ...

このニッチ市場ブルーオーシャンで上場したホープ時津さん起業ストーリー

ニッチなブルーオーシャンに一点集中。まさかの100億越え大成功。最初に知ったのは2015年の日経ビジネス「小なれど大」記事だった。自治体の広報誌やゴミ袋をメディアとして、その空きスペースに地場企業の広告を掲載。普通の広告代理店はテレビ新聞雑誌の広告枠を売るが、まさにニッチだなと感心。でも元広告屋としては、そんなショボい媒体売る気はせん。電通他中小の広告屋も無視してただろう。まさに大手がバカにするニッチ。2016年に年商10数億でマザーズ上場。直後に九州ベンチャー大学で講演してもらったが、この数年は低迷。時 ...

実話ノンフィクションと作り話フィクション小説

私は本を9冊出版してるが、すべて小さな会社お店向けのビジネス書だ。エラそー理論もあるが、中小企業の実例が多い。事実実話で架空作り話=小説ではない。20代前半までは小説も読んだが、就職転職起業で失敗悩むこと多く、架空作り話は読まなくなった。でもスターウォーズインディージョーンズ東京ラブストーリーロッキー等の作り話ドラマ映画も好きだが。息抜きで。最初は共産党の大学で朝日ジャーナル読み、本田勝一や鎌田慧立花隆戸井十月沢木耕太郎などの影響受けた。大宅壮一はほぼ読んでないが、企業モノ大下英治はなんかヨイショ軽い。佐 ...

毎朝のゴミ拾い

あしたのために。5日目。同じ番地を毎日掃除するとゴミ激減。巨大なアマガサ自社ビル前の歩道に杖ついた老人が。もしや創業者?「君は何をやってる?」「8月に福岡から引っ越して来た新参者です。自分の住んでる36番地に感謝を込めてゴミ拾いしてるだけです」「気に入った。このビルを君にやろう」「そんな!ありがとうございます」ホントに妄想しましたw。一日一偽善。 ■新刊レビュー https://amzn.to/2zk4JZ7 ■9月缶ビール会・浅草6-36-6-603 ■動画で質疑応答 https://is.gd/VKD ...

倒産するとどうなるか?by内藤明亜

事業経営が持続できなくなった場合、倒産(法人の破産)処理をしなければならないという決まり(法的根拠)はない。その事業を放置して(何の処理もしなくて)、逃亡しようが今まで通りの居所にとどまっていてようが、それが罰せられるということはない。 では、どうなるか…。 [倒産]の定義は「債務超過でなおかつ資金不足で、債権者に支払い(返済)ができなくなり、事業を停止すること」だ。 事業経営が継続できなくなったということは、債務を負っていることだ。 ・給与などの人件費。 ・税金や社会保険。 ・仕入れなどの買掛金。 ・光 ...

8/1セミナー岡山+ZOOM全国へ

■岡山8/1アナログ会場+ZOOM全国全世界セミナー 『小さな歯科医師の逆転ストーリー 小さな会社の成功事例100連発 』 〜現金損益®︎経営岡山1周年記念特別講演会〜 岡山を代表する歯科医師・経営者でいらっしゃる「華房 宏一 (寛城)先生」と、 武闘派ランチェスター戦略講師で大人気の「栢野 克己先生」のダブル講演会。 実は、お二方とも5・6月に出版されたばかり。 今まで、いろんな著者とお話しする機会がありましたが、ほとんどの方は『本に書けない事の方が多い…』と。 今回は『赤裸々ぶっちやけ座談会』を行いま ...

とにかく死ぬな。コロナなんかで

とにかく死ぬな■コロナで(どうしようもない)中小事業者は『どーしたらいーのー!?』って考える必要はない。借りて借りて借りまくるのだよ。貰って貰って貰いまくるのだよ。どうせ返済猶予期間が終わって返済が始まるころには民事再生(倒産)の嵐がやってきて、どこもかしこも民事再生祭りになるから、便乗して民事再生すれば良い。民事再生で全てチャラで良いんだよ。しかもいち早く民事再生して次に備えた方がよい。 仮にコロナって死んでしまえば団体信用生命保険(通称『団信』)で借入はチャラだ。生命保険が見事当たったと思えば良いのだ ...

ランチェスター経営など知らない言葉

これが私の生きる道。小さな会社やお店には、難しい経営理論や用語じゃ伝わらない。英語使わず事例で ■「読み始めはランチェスター経営など知らない言葉が出てきて、読めるのか少し不安になりましたが、読み進んでいくと具体的な事例が多く、とてもわかりやすい良い本だと思いました。本日は会場に伺えませんでしたが、ご縁がありましたらお会いしてお話ししてみたいものです。有限会社椎名畜産・椎名大悟」 ■私たちの仕事には豚を屠畜(とちく)するという工程があります。大切ないのちの恵に感謝する心を忘れずに、従業員ひとりひとりが「食 ...

事業失敗かつ逮捕された読者の手紙

「私は逮捕され、この手紙や留置場より書いております。会社は廃業。友人も知人もお客も、全てを失いました。また裸一貫ゼロからというか、マイナスからのスタートです。せっかく這い上がったと思ったのですが、一瞬で谷底へ転げ落ちました。今回、留置場で差し入れてもらった本の中に栢野さんの「弱者の戦略」がありました。それを読んで勇気を貰いました。「あきらめるな!また逆転できるぞ!」そう言われたような気がしました。ありがとうございます。どん底に落ちて、栢野さんの本の素晴らしさを再認識しました。栢野さんの這い上がる姿に、 ...

ニュース

リカちゃん ダッコちゃんのタカラ創業者人生が面白い!

ふとWiki検索。29歳で起業。最初の自社商品ダッコちゃんの秘話がおもしろい!

佐藤ビニール工業所を創業し、のちにタカラに改組し、一代で日本屈指の玩具メーカーにまで成長させた。タカラの社長として「ダッコちゃん」、「リカちゃん人形」、「人生ゲーム」、「チョロQ」、「トランスフォーマー」などのヒット商品を次々と開発したことから、「おもちゃの王様」と呼ばれた[1][2]。現在は山形大学工学部福島工業高等専門学校にて、客員教授として教鞭を執っている。また、日本玩具文化財団では、名誉理事長に就任している[3]

1924年3月20日、現在の福島県いわき市三和町に生まれる[2]太平洋戦争中は福島県郡山市学徒動員されていたが、その際にアメリカ合衆国による空爆を受け、周りには死傷者が多数出たにもかかわらず一人だけ無傷で生存した[1]1945年米沢工業専門学校化学工業科(のちの山形大学工学部)を卒業した[2]

タカラ編集

太平洋戦争後は上京し、懸命に働いた。1953年東京都葛飾区にて佐藤ビニール工業所を設立した[2]。当初は有限会社であったが、その後、1959年株式会社化している[4]。発足当時は、ビニール製の雨合羽雑貨など、ビニール製品の製造を主要な事業としていた[5]

その後、空気入りビニールの素材開発に取り組み、その一環としてビニール人形を試作し百貨店の店頭に展示していた[6]。ところが、それに目を留めた百貨店の店員が、自分の腕にそれを付けて昼食をとりに外出したことをきっかけに、その人形がブームとなった[6]。さらに、大相撲七月場所のテレビ中継にて、その人形を持った観客が映ったことから、流行が全国に拡大した[6]。その人形は「ダッコちゃん」との愛称が定着し、佐藤ビニール工業所には注文が殺到した。そのため、同社の業績は大きく成長した。また、人気に着目した暴力団員が、現金を直接持参し、自分たちにダッコちゃんを卸せと要求することもあった[6]。佐藤は「ダッコちゃんを待っている人がたくさんいる」[6]と述べてこの申し出を拒絶したため、暴力団員との間でもめることになり、最終的には警察官らが工場を警備する事態にまで発展した[6]

その後、佐藤ビニール工業所は、社名を「宝ビニール工業所」から「タカラビニール工業所」を経て「タカラ」に変更し[4]、本格的に玩具業界に進出することになった。「リカちゃん人形」、「チョロQ」、「フラワーロック」といった自社開発商品は、大きなヒット商品となった[2]。また、「人生ゲーム」や「トランスフォーマー」など、日本国外の企業と提携したボードゲームや玩具も大きなヒット商品となった[2]1994年、安太はタカラの社長を退任して会長に退き、後任の社長には長男佐藤博久が就任した[4]。しかし、1999年に博久が社長を退任したため、安太が会長と社長を兼任した[4]。翌年、安太はタカラの社長を再び退き、後任の社長には二男佐藤慶太が就任した[4]

タカラ退任後編集

2002年、タカラの経営の一線を退き、「ライフマネジメントセンター」を設立するとその理事長に就任した[2]。また、2007年には山形大学の大学院に進学し、理工学研究科のものづくり技術経営学専攻にて学んだ[1][2]。なお、山形大学の学生・院生としては、佐藤が史上最高齢である[7]2010年博士課程を修了し、山形大学から「博士(工学)」の学位を授与された[1][2]。現在は、山形大学工学部客員教授として「未来設計と成功エンジニアリング」を講じたり[1]、福島工業高等専門学校客員教授として「マトリックス思考法」を講じたり[2]、後進の育成に力を注いでいる。

また、実写映画『トランスフォーマー/リベンジ』のワールドプレミアに出席し、「25年前に作ったロボットが、まさかこんな映画になるなんて。本当に感激です!」[8]と語るとともに、監督マイケル・ベイに謝辞を述べたうえでモニュメントを贈呈した[9]

2019年2月26日、老衰のため死去(享年94)

■タカラの「ベイブレード」のヒットとポケモンの不振が重なった2001年度にタカラに2位を取り返され、再度3位に転落した。しかし、そのベイブレードの失敗でタカラは経営不振に陥り、トミーを存続会社として合併『タカラトミー』となった。

■この2005年合併前のタカラは売上450億に対して純利益はマイナス200億。死に体だったがトミーと合併で生き延びたんですね。創業家は早い時期に引退。息子の元社長も自分の会社は再起中の様子。人生だなぁ。

 

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