十種競技の元日本王者として知られる武井壮氏(@sosotakei)が日本フェンシング協会の新会長に抜擢された。競技経験はゼロでも、前任の太田雄貴氏は協会の未来を託した。フェンシング界はどう変わるのか? 百獣の王が起死回生の秘策を語った。 ⇒【画像】日本フェンシング協会の新会長に抜擢された武井壮氏
フェンシング未経験者、異例の大抜擢への覚悟
五輪開催を1か月後に控えた6月19日、スポーツ界にビッグニュースが飛び込んできた。日本フェンシング協会の新会長に百獣の王としてタレント活動をしている武井壮氏が就任したのだ。 前会長は、北京五輪銀メダリストの太田雄貴氏。日本フェンシング界の顔であり、東京五輪招致に尽力した立役者でもある。 東京五輪の1年延期という不測の事態に会長継続の声もあったなか、会長のタスキを武井氏に繫いだのは太田氏自身。属人的な運営体制からの脱却を図りたいという狙いと、武井氏のビジョンを掲げる力が会長にふさわしいと考えてのことだ。 「今年の年明けにSNSのDMで『相談があるんです』と太田前会長から連絡があり、電話したんです。当初は会長ではなく理事の打診でしたが、返事は保留にさせていただきました。フェンシング界の知識もなく、理事として関わるとなれば選手の人生を多少なりとも変えてしまう。その責任に応えられないと感じたからです」
武井氏が出したフェンシングの課題
日本フェンシング協会は今年6月、新体制発表会見にて新会長を発表。太田雄貴前会長から引き継がれた
オファーがあるまでフェンシングに特別な関心を寄せていたわけではなかった武井氏。考えが変わりはじめたのは、何度も自宅に訪れて説得する太田氏の熱意に加え、選手たちの声を聞いたからだった。 「太田前会長に、日本のトップ選手複数人と話す場をリモートで設けてもらったときに、彼らがどんな想いでプレーをし、フェンシングを通じてどんな人生を歩みたいのか、理想の年収や暮らしを含めてヒアリングしました。すると、今よりもっといい環境で競技をしたいという声が上がりました」 それに対し、武井氏はフェンシングの課題を提言した。 「選手たちがよりいい環境で競技するには、スポンサーの存在が必要不可欠です。競技を見る人も競技人口も多くない今の状況は、スポンサーにメリットをお返しできていないと言いました。5000万円を広告費として使うなら、それ以上のリターンやメリットがなければ広告を出す意味がない。まずはそれ以上に価値のある業界にしなけれ
自身をメジャー化した経験をフェンシングに
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日本のフェンシングの競技人口は2019年で約6000人。2大会連続でメダルを獲得した競技でありながら、競技人口はマイナー競技の域を出ない。武井氏もまた、十種競技の日本チャンピオンになった際に新聞の端に小さくしか取り扱われず、マイナー競技の現実を痛感した過去がある。 「タレントもアスリートも同じ構造だと思っているんです。自分の価値を高め、取材や番組出演で認知され、応援してもらえる人の数を増やしていくことが重要。例えば街頭でフェンシング選手の写真を見せたときに名前と顔が一致する人ってほぼいないと思うんですよ。 スポーツをエンターテインメントとしてビジネス化するには、非常に脆弱な状態であると言わざるを得ない。スポーツをやっているだけで価値があるわけではなく、スポーツをやっている自分を見せて、そこに行き着くストーリーに共感してもらって価値を高めていくことが必要です。 フェンシングに出資するとメリットがある環境を築くことができれば、それが結果的に競技人口の増加にも繫がるだろうし、フェンシング界が成長する近道であると考えています。 その分、人から注目される苦労やストレスは増えますが、選手たちがそれでもやりたいと思うなら私にできることは少なからずあると思えました。10年前、世の中にまるで知られていなかった武井壮という存在をメジャーにした経験とノウハウがありますから」 こういったミーティングを重ね、選手からも「武井新会長」を待望する声は高まり、信任を得て会長へ就任することになった。
武井壮だからできるフェンシング企画
一方、スポーツ経験は豊富なものの、フェンシング経験がないことで、世間からは「話題づくり」といった否定的な声もあった。 「僕はタレントなのでメディアに取り上げてもらうことが仕事です。その数は多ければ多いほうがいいと感じています。もし会長の後任がフェンシング関係者だった場合、こういった取材が入ることもなかったでしょう。僕の就任でフェンシングという言葉を聞く人の数が少しでも増えたならば、すでに価値のあることだと思います」 フェンシングのメジャー化のため、芸能活動で培った発信力を生かしたいとも考えているという。 「スポーツ界、芸能界と広い人脈があるので、例えば『はじめてのフェンシング』『フェンシングの世界チャンピオンと剣道の達人で戦わせるとどっちが強いか?』といった企画をオファーすることもできる。ほかにも子供たちが熱狂するコンテンツをつくるためにプロジェクトも準備しています。誰よりも幅広くフェンシングを広められると自負しているので、どんな化学反応が起きるのか楽しみです」
選手も発信力をつけることが重要
選手にも発信力をつける重要性を説いている。 「深夜のサッカー番組のように紹介できる機会があったらいいんですけど、それがないんでね。まずは知っていただくために、ネットやSNSで発信していくことが最低限できる活動になると思っています。選手個人のストーリーを認知してもらうことが重要なので」
現役アスリートとして五輪を迎える可能性
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今回、協会会長として五輪を迎えるが、いつか現役アスリートとして迎える未来もあるのだろうか。 「国際大会に4回出場した経験はあってもオリンピックはないので、出てみたかったという思いはあります。いざとなれば、いくつになっても挑戦できる競技はありますし、本気でフォーカスしたら誰よりも早く成長できる体は持っています。でも、地球上には楽しいことがたくさんあるので今はそこまでの気持ちはないですが、将来的な可能性はゼロじゃないですね」 フェンシング界の改革はもちろん、オリンピック出場も「この男なら……」と思わせるパワーが武井氏にはある。今後も百獣の王から目が離せない。 <取材・文/タカダショウゴ ツマミ具依 撮影/スギゾー。 写真/日本フェンシング協会> 【武井壮】 ’73年、東京都生まれ。大学時代に日本陸上競技選手権の十種競技にて優勝を果たす。その後、芸能界を志し、百獣の王のキャッチフレーズでバラエティ番組を中心に活躍。’21年6月に日本フェンシング協会の会長に就任
bizSPA!フレッシュ 編集部